ドラゴンと戦士
「ドラゴンを倒せだと?」
 戦士は役人に言われた内容が信じられない、という風に声を荒げた。対する役人は澄ました顔だ。
「私は領主様からの言葉を正確にお伝えしたまでです」
「とんでもない条件だな」
 怒りを通り越して、呆れた様子さえ見せる戦士に対し、役人は続ける。
「とにかく、それが条件です。この村を救いたいなら、東の山に住むドラゴンを倒してください」
 この村、と示されたのは現在戦士が世話になっている辺鄙な村だった。
 住民は老人が大多数で、特産物もなく、畑は村人の食いぶちと税金を何とか賄える程度の広さしかない。場所が山間の辺鄙な場所なため、通行の要所というわけでもない。特に目的もなく旅をしていた戦士はこの村にたどり着いた際、飢えて死にそうになっているところを村人に助けられ、それ以後この村に滞在して力を貸している。貧しいながらも優しい心根を持つ村人と穏やかな雰囲気を持つこの村を、戦士はいたく気に入っていた。
 ただ、最近、村がある領地を治めている領主が代替わりした。先代より課せられる税が重くなり、ただでさえギリギリの生活を送っていた村人達は、飢えて死ぬしかないというような状況に追い込まれている。
 戦士はそんな村と村人を救うために、こうして役人を通して領主と取引をしているのだった。
 だが、役人を通して領主が求めた代償は、『東の山に住むドラゴンの討伐』だったのだ。
戦士はテーブルを拳で叩いて抗議する。
「しかし! 東の山に住むドラゴンはこの国が出来る前からこの山に住んでいて、特に人を襲うようなこともしていない。むしろそれ以外の魔物がその辺りには生息出来ず、助かっているくらいのはずだ! なぜそれを討伐しろなど!」
 無益な殺生を好まない戦士の言葉に対し、役人は答える。
「領主様の意向ですので。貴方様なら討伐するくらい簡単でしょう?」
 そう役人が言うのには訳がある。この戦士は、どこの国にも仕えていない流浪の存在だが、その強さは他の群を抜いているのだ。人を襲うドラゴンを何匹も一人で討伐している実績がある。確かに本人も驕りでなく、自分ならドラゴンを倒すことは可能だと思っている。だが、人を襲っているわけでもないドラゴンを討伐するのは躊躇われた。
「俺が前に提案した話はどうなったんだ? 領主に仕官してもいい、という提案の応えは?」
 いままで彼は誰にも仕えず、旅を続けてきた。その旅路の中で一方的な暴力を振るう悪を倒すこともした。いままで誰にも仕えなかったのは単にその理由がなかったからということと、自分には自由な方が向いていると思っていたからだ。だから、村を守るためになら領主に仕えることになってもいいと思っていた。
 役人は相変わらず同じ言葉しか繰り返さない。
「領主様の意向ですので」
 戦士は悩んだ。
 村を守るために罪のないドラゴンを狩るかどうか。ドラゴンを上回る自分の力を振るえば、領主から派遣されてくる役人や兵士を倒すのはたやすいことだ。だが、それではキリがない、と守るべき村人達から止められている。戦士本人も納得したことだ。
 戦士は暫く目を瞑り、黙考の末、剣を取って立ちあがる。
「ドラゴンのところに行ってくる」
 瞳に強い決意が浮かんでいた。
 心配そうに見送る村人達に力強い笑顔を返しつつ、戦士はドラゴンの元へと向かった。


 ドラゴンがいるという東の山は険しい山だった。
 しかし、ドラゴンにも匹敵する力を持つ戦士にとっては平地とさほど変わりない。特に今回は荷物を背負っているわけでも、護らなければならない対象がいるわけでもない。久々に一人の状態になった戦士は不安定な足場を蹴り、一気に山の頂上を目指す。
 山の頂上付近の洞窟の中。人にとっては広いその洞窟も、その存在にとっては手狭なようだ。
『何をしに来た。我が縄張りを荒らしにきたか?』
 低い雷鳴のような声が洞窟に反響して洞窟の入口に立つ戦士に叩きつけられる。一般人ならその声だけで威圧されて動けなくなるだろう。
 戦士たる彼は怯まず、むしろ一歩洞窟に踏み込んで奥にいるドラゴンに向けて口を開く。
「無礼は承知の上だ。ドラゴンよ。どうか俺の話を聞いてくれないだろうか」
 胡坐をかいてその場に座った戦士は、手に持っていた剣を脇の地面に置き、敵意がないことを示す。
 人を襲うことがないドラゴンが戦意のない自分に対してどのような対応を取るか、戦士は予想していて、予想通りドラゴンは無暗に襲いかかってくることはなかった。
『人間の話を聞いて何とする。我は人に危害を加える必要を感じぬし、貴様らが我を討伐する必要もないはず』
「このままでは、縄張りを奪われるぞ」
 ドラゴンの言葉を流して、冷静に戦士は言葉を紡ぐ。ドラゴンは訝しげな息を吐き出した。
『なに? どういうわけだ』
「俺の元にお前を倒せという依頼が来た。理由は不明だが、そういう依頼が出るということは、これからも俺と同じような奴らがここに来るだろう」
 ドラゴンは鼻で戦士の言葉を笑う。
『そのような輩は我が力で追い返してくれよう』
「キリがないぞ。人間の数の多さには、さすがのドラゴンも勝てまい。それがわかっているからこそ、お前はこれまでなるべく人を襲わないように努めていたんだろう?」
 沈黙が答えだった。戦士はここぞとばかりにたたみかける。
「そこで提案がある。実は、あんたがこの場所を守るために戦うように、俺もある村を守るために、交換条件としてあんたを倒そうとしている」
『貴様に依頼したのは誰だ?』
「村やこの山がある地を統べる領主だ。領主の使いを追い返すのは簡単だが、キリがない。村を守るためにはあんたを倒せばいいが、あんたは人を襲わない立場のドラゴンだ。出来れば殺したくない。そこで、提案だ」
 戦士は自分とドラゴンが置かれた状況を説明した。
自分がどうしてその村を守ろうとすることから始めて、領主が変わって税が重くなったことや交換条件を持ちかけられたことまで細かく全て話した。
 その上で切り出す。
「俺と共に、国に仕える騎士になってほしい」
 堂々と成された宣告に、今まで話を黙って聞いていたドラゴンが初めて反応する。
『なに?』
 不快感を滲ませた声に対し、戦士は怯まず続ける。
「俺達の力を国に捧げる代償に、この場所と俺の村とを保持してもらうように、国王に直接話を持ちかけるんだ。領主といえど、国王には歯向かえない。俺とお前の力なら、国王に捧げるものとしては十二分に過ぎるくらいだろう」
 権力を用いてくる相手にはより大きい権力を盾にして対抗する。戦士が考え付く中で最も良い案だと思っていた。
 戦士の話と提案を聞いたドラゴンは、暫し沈黙していたが、突然遠来のように轟く笑い声をあげた。
『不遜にも程があるな、貴様。愉快ではあるが、なにより貴様は愚かしい』
 笑いながら放たれたドラゴンの言葉に、戦士が眉をしかめる。
「なに?」
 今度は戦士の方が声に不快感を滲ませる番だった。
 ドラゴンは詳しく語ることはなく、ドラゴンにとっては手狭な洞窟の中で出来る限り翼を広げた。
『よかろう。貴様の提案に乗ってやっても良い。ただし、貴様の村を一目見てからにさせてもらおうか』
 戦士には不快な感情がまだ燻っていたが、とにかくドラゴンから提案に対して承諾の言葉をもらえたことに安堵する。
「ああ、わかった。いいところだ。お前もたぶん気に入る」
 ドラゴンはその言葉に応じず、洞窟の外に出て改めて翼を広げる。
『我が背に乗るがいい。貴様が走って帰る何倍も速く帰れよう』
 背に乗った戦士は、釈然としない思いを抱えながらも、ドラゴンに村の方角を示した。


 ドラゴンの背に乗り、予定よりも遥かに早く村に戻ってきた戦士。
 彼を待っていたのは村人達ではなく、国に仕える兵士や魔法使いだった。上空高くから様子を窺うと、村中を忙しなく蠢いている。
 すでに日が落ちた夜だったため、よく見えない。
「なんだ? なにがあったんだ?」
 どういうことか分からず混乱する戦士に対し、ドラゴンの方はつまらなさそうに鼻から息を吐いた。
『ふん、やはりな』
 そのドラゴンの言葉の意味を、戦士が問いつめようと口を開く前に、ドラゴンは降下を始めた。危うく背中から落ちそうになった戦士は慌ててドラゴンの身体にしがみつく。
 突然上空から現れたドラゴンに兵士や魔法使いが混乱している間に、ドラゴンは地に降り、戦士は背中から降りた。
 その瞳に、信じられない光景が移る。
「なにを、している!」
 戦士はたまたま近くを通りかかった一人の兵士を怒鳴りつける。
 その兵士の肩には、物言わぬ死体と成り果てた村人が担がれていた。
 ドラゴンに匹敵する力を持つ戦士の怒号に、死体を担いでいた兵士は恐れ戦慄き死体を放り出して逃げだす。戦士は放り出された死体を確認し、確かにそれが村人の一人で、間違いなく死んでいることがわかった。
愕然とする戦士に、ドラゴンの嘲笑う声が投げかけられる。
『何をしているか、だと? 決まっているだろう。村人を始末しているのだ』
 そう言うと同時にドラゴンは首を巡らせ、背後に回り込んでいた兵士と魔法使いの一団を口から吐き出した火炎で薙ぎ払う。不意の一撃を受けた兵士や魔法使いは、あっという間に骨まで溶けて消滅した。
 容赦のない一撃で虐殺を行ったドラゴンは、再び戦士の方へ向き直る。
『貴様が自分で言っていただろう? この村には老人ばかりで、特産品もなく、辺鄙な場所にあって交通の便も悪い、と。それは支配者の観点から言えば管理しにくい、邪魔な場所ということではないのか?』
 ドラゴンは無慈悲に言葉を続ける。
『損益を計算し、損失の方が大きいなら――いっそひと思いに全滅させてしまった方が都合がいい、とでも考えたのだろう。魔物の仕業にでもするつもりだったのだろうが』
 そういう相手から村を守ることができる戦士はドラゴンを狩りに行っていた。
 戦士は衝撃で上手く動かない口でドラゴンの言葉を否定する。
「だ、だが、だから、領主と取引をして、俺はお前を倒しに行ったんだ」
 村を守るために。
 ドラゴンは嘲笑を深くする。
『愚か者が。ドラゴンである我でさえわかるというのに、人間である貴様がまだわからんのか。要するに最初から取引するつもりなどなかったのだろう。騙されたのだ、貴様は』
 呆然と立ちすくむ戦士の視界に、領主からの取引を持ち掛けてきた役人の顔が映った。
 役人はこの場にいないはずの戦士の顔を見て、驚いてすぐに逃げ出したが、咄嗟に戦士は追いかけていた。即座に追いついた戦士はその役人の胸倉を掴んで問いただす。
「おい! どういうことだこれは!」
「ひぃ! お、お許しを! 私はただ領主様の意向を実行しただけです!」
「いいから答えろ! どういうことなんだ、これは! なぜ村を!」
 戦士が剣を抜くと、役人はすぐに口を割った。知っていることを並べ立てていく。
 その事実はほとんどドラゴンが言ったことと同じだった。この村は税の取り立てなどの管理に手間がかかるため、盗賊の仕業に見せかけて潰してしまう計画だったこと。そのために強力な用心棒になる戦士をドラゴン退治へと行かせたこと。
 そして、村人達の死体を見て動揺したところを、戦士も始末する予定であったこと。
「なんだ、それは。どういうことなんだ! 説明しろ!」
「し、知りません! ドラゴンと戦えばどんな人間でも消耗するから、そこを叩けとしか言われていません!」
「なんで、俺をそこまでして殺したかったんだ!」
 戦士は犯罪者ではない。逆に盗賊や魔物などの不穏分子を討伐していて、国や領主にとっては利益になる存在であるはずだ。そんな自分を始末しようとする領主の意図が戦士にはわからない。
 役人を問い詰める戦士の背に、再びドラゴンの嘲笑が投げかけられた。
『わからんか。本当に愚かだな。貴様は我らドラゴンに匹敵する力を有するようだが、それこそが理由になるということがわからんのか』
「なん、だと?」
 思いがけない言葉をかけられた戦士は、胸倉を掴んでいた役人を放り出して、ドラゴンに向き直る。役人は逃げ去って行ったが戦士はドラゴンの方に集中していた。
『他の者が束になっても敵わない相手は、敵にするよりも味方にする方が恐ろしいという意味だ。敵なら襲撃に備え工夫を凝らすことも出来る。だが、味方が相手では懐に抜き身の刃を置くような物だ。いつ自分に刺さってくるかわからない。他の者では敵わぬから暴走した際に止めることも出来ぬしな。あるいは、自分の立場に取って代わられるのではないかと怯えることになる』
「俺には、そんなつもりはない!」
『貴様の人格など関係ない。強大な力とはそういうものだ』
 戦士を馬鹿にしきった声音でドラゴンは言い捨てる。戦士は言葉が出ない。
 ドラゴンは大きく翼を広げる。高い位置から戦士を見下ろすドラゴンは、哀れな物を見る目で戦士を見ていた。
『我は人間は愚かな生き物だと思っていたが。どうやら、それよりも愚かな存在がいたようだ』
 翼をはためかせ、空へと舞い上がるドラゴンの言葉が、戦士の耳に響く。
 酷く、冷たい声が響く。
『愚かなことを自覚しない人間ほど、愚かな存在はおらんな』
 空へ舞い上がったドラゴンは、瞬く間に高空へと達し、見えなくなってしまう。
 あとには呆然と立ちすくむ戦士だけが残された。



今回はいつもと少し違う展開を目指してみました。
短く書く練習を兼ねていますが、少し長くなってしまいました……まだまだ未熟なようです。

作:龍月つかさ
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